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蛇の舌先

「空っぽの要塞へようこそ」
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:2006:12/09/09:55  ++  ㌧デモ超常現象(超常・怪奇現象について)

 小学生の時に買って貰った「世界の超能力者」っていうタイトルの漫画と、くだんのタイトルの本(と学会)を読み比べている。まるで間違い探しをしているようだな、みたいな事を思いながら。


 小学生~中学生の頃辺りに超常現象にハマっていた。
 確か小学校低学年辺りから「1999年で地球が滅亡するぜ!」的な話を見たり(ちびまるこちゃん等)、聞いたり(近所の同級生等)していたので、1999年に俺は高校生か…と逆算して、高校生で死ぬのか…と漠然に思ったりしていたものだ。
 でも、ソースが他の人が言ったり聞いたりした事という、なんだか伝言ゲームに近いような感じだったので、「伝言ゲームの末に“滅亡しました”じゃあんまりだ!」的なノリで色々アレしたのが最初だったように思う。
 
 「世界の超能力者」が手元にあるのもそういう経緯からだったように思う。
 だって“超能力者”の一人にノストラダムスがいるんだから。

 そして、なんだか黙っていてもそういう本が手に入るというか、そういう時期があった。
 「Kingくんこういう本好きだって聞いたから…」みたいな感じで、色々な人から物置に眠っている本など貰った事があったのだ。
 「世界の吸血鬼」とか、「世界の怪奇現象」とか、そういう類の本。
 ちなみに当時の俺は、
「運動が出来る癖に昼休みに図書館に入り浸る、大阪弁で喋る転校生」
という、控え目に言っても変わり者であり、そういうポジションにいた事を付け加えておく。
 今考えてみると、フリーマーケットとか祭りとかで出してもどーにもならないような古い本ばっかりだった。
 気軽にホイホイくれたのも、そういう理由があっての事だろう。

 そうやって貰った本を読みつつ、さらに興味を深めていった…訳なのだが、

 
「日本の奇病・水俣病!」
 「謎の病気・イタイイタイ病」
 「南米の奥地に伝わるわた吹き病」
 「都心部に出現する謎の一つ目女!」
 「トイレの花子さん伝説!」
 「口裂け女対策」
 こういう記事を見て、小学生ながら流石に「んん?」と思った訳だ。
 特に上記の二つは、「社会」の授業でリアルタイムに
「原因は工場から垂れ流される廃棄物である」とやっていただけに、「いやそれは奇病ではないだろう」とかを薄々感じ初めていたのだ。
 だがそれでもノストラダムスの大予言だの、超能力者だのの存在は信じてはいた。が、「インチキの記載もあるのだなぁ」とはその頃から感じ始めていたのだった。

 
 高校生くらいになってくると、超常現象に関する記載=インチキの記載
というなんともアレな公式が出来上がりつつあった。
 「それは○×なんだよ!」 「な、なんだってー!」とかも、無関係では無いと思う。
 小学生の日に逆算した年齢に至っても、俺は聖飢魔Ⅱが解散するかどーかでハラハラしていられるだけの余裕があった事もあり、余計にそんな感じがした。

 そして、この日記の表題の本とかを読んで疑惑は確信に変わった訳だ

 “超能力でズバリズバリと事件を解決する超能力探偵”は、実はホラばかり吹いていたとか、そういう幼い日に夢見た事をことごとく実例でもって打ち砕かれていく訳ですよ。
 “アメリカの農家に現れた謎のUFO。そこから下りてきた宇宙人に銃を打つと、ベコンベコンとバケツに雨が当たるような音がして、まったく歯が立たず。警察が乗り込んで調査した事実有り。これは宇宙人が地球に来た確かな話の一つである”という話も、現地に取材に言ってみると「実はあの時目撃者は酔っ払っていた」だの、「目撃者は四六時中酔っ払っていて近所の人間は皆迷惑がっていただの「“仕事”として調査はした、けどあの時彼等はかなり酔っていて、銃を使用した痕跡などは見受けられなかった」だのといった、蓋を開けてみたら“酔っ払いのたわごと”の域を出ない話だった、とか。

 つまり、子供達が胸躍らせるような超常現象に関する記載、というのは“酔っ払いのたわごと”レヴェルの話もごちゃ混ぜにして、背びれ尾ひれがついたもの…という事が出来る。
 今になって読み返すと、間違い探しをしているみたいで楽しめる、が、そういう記載をガチで信じていた時期もあったのだ。
 そして、超常現象に関する話というのは、大抵が奇妙な話題を振っておきながら、その後投げっぱなしである事が実に多い。これは事実なんだよ!とほのめかしはするが、いざ追跡してみると“酔っ払いのたわごと”という事が実に多い気がする。
 これがどのくらいへヴィな事かといえば、
オウム真理教が何をしたかを言う事に等しい。
 
そういう事象を丸々信じ込んだままの視点で調査すると、至る確信・思想もそういうモノになる、という事です。

 幽霊の正体見たり~っていうことわざ通りの事象だな、と。
 信じていたって事もあって、笑えはしないが楽しめている。
 
 だが、それでも。
 そういう尾ひれ背びれがつく話のうちのどれかは本物かもしれない。
 そう思うのも未だやめられないというのも事実。
 火が無い所に煙は立たない、とも言うじゃないか。
 “空飛ぶ円盤”“超能力者”“予知・予言”
 こういった怪奇現象のほとんどが
“酔っ払いのたわごと”であれ、そう思うに至った“何か”はきっと何処かにあるはずだ。
 例え想像の産物に過ぎなかったとしても、逆に言えば、そういう想像を掻き立てるような“何か”が。
 そう思う、いや、“願う”に近いかも知れないが、それを未だやめられないというのもまた事実。
 陥らないように気をつけながら、そういう視点で接していこうと思うのだった。

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