:2025:07/14/06:58 ++ [PR]
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:2007:01/14/00:07 ++ 餞別と思う事
別に金輪際会えなくなる訳でも無いんだが、距離が距離なだけに今までみたいに気軽に~、なんていう訳にはいかなくなったな、と。
その遠さは身を持って知っているだけに。
特攻野郎Aチーム鑑賞→バイキングで食べ飲み放題、という形で事が進み、見送り。
行く前に話が出来てよかった。
もし今日が無かったら、14日日曜日の昼間あたり、強行軍で現地(函館)に襲撃しようと思っていた事は内緒だ、誰にも言うなよ。
強行軍、と言えば、後二ヶ月で、ちょうど一年か。旅に出てから。
シチュエーションもなんだか旅に出た時に近いものがあるし、何かする事・出来る事を考えよう。
いつまでも以前やった事に拘るのはどうかと思う、という事もある。また違う事・場所に触れてみたいし、それを表現出来るようにもなりたい。
発言したらやらなければいけない、という前提を自分に課してしまっているので、検討の段階であるという事です。
“ああしたい、こうしたい”って言ってるだけじゃ、何もしていないのと一緒だ。
それは茶を濁す冗談と何も変わりは無い。舌の奥に残る、苦い思い出。名前をつけるなら“後悔”ってヤツになるんだろうか。
いずれにしろ、俺はまた帰って来なければならない。
何故ならそう約束したから。
破る為にする約束なんかクソ喰らえだ。違うかい?
富士の樹海へ行き、中に潜ってみたいが、経験と体力が必要になるな。
雪解けしたら、近場の山に行ってみよう。
とりあえずの目標は、それからだ。
:2007:01/11/20:24 ++ “瞳を閉じて”
思った事をそのまま言うという事は、良い事か否か。
伝わった事をそのまま解釈するという事は、良い事か否か。
どうも隙間が存在する気がする。
“何で埋めるのか”
“何処に線を引くのか”
それを最初にやった奴が、個性がどうとか言い始めたんだろうと思う。
誤解や差別といった足跡を残して。
それは尊重されるべきか、否か?
尊重される、という玉座に腰かけるべきか?
卑下される、という地べたに膝をつくべきか?
どちらかでないと見えない世界がある。
人の上に人が居て、人の下にも人が居る。
語源は“背中合わせになったヒト”らしいから、良く出来た物だ。
だから、誰かと誰かが向き合うまさにその時、その瞬間に、隙間は存在するのだろう。
最小にして最大のマトリックス。
瞳の数だけ世界がある。
“神”と呼ばれるモノがこの世に居るのなら、それら全てを超越する存在で無くてはならぬ。
それは、尊重と卑下を折り重ね、瞳と瞳の間にある“隙間”を駆けぬけていく。
愛も憎しみも笑う事も泣く事も行くも留まるも愚かしくも賢くも・・・etc.etc.
全ての軌跡を螺旋に秘め、子羊も豚も、等しく敬虔な存在とする。
過去と現在を、未来へと繋げる遺伝子として。
それは、1を0へと風穴を空ける、ただそれだけの為に生まれた、フランチャイズ化されたフラジャイル。
俺は境目マニアックス。
45口径分の隙間があれば、それでいい。
だから、
思った事をそのままに。
伝わった事をそのままに。
ただ振り返り、引き金を弾く。
:2007:01/11/00:07 ++ ピクチャー・オブ・ホーム
先日、友人にデッサンを見せた所、絵については99叱られて1褒められるという、ツンデレっぽい状況だったので、反省と後学の為に人体解剖図(骨と筋肉の構造)と、“ボディウォッチング”というタイトルの文庫に手をつけてみる。
で、それを参考にしながら描いたのがこちら。
やっぱりバランスがおかしい気がする、左の肋骨誤魔化してるし。もう描きまくるしかないんだろう、きっと。
描きたいのは“血の通った絵”
頭を割れば脳味噌が漏れて、肩口を撃てば皮膚を裂き、肉を貫き、骨が砕け、血が吹き出る。
そんな感じを。
ファンタジィやデフォルメされた絵だと、どう考えても勝ち目は無いし、そういう視点も持ち合わせていないのだという事です。
“痛み”というネガティヴな状態を創造するのは、ポジティヴだと言えるのだろうか?
:2007:01/09/19:08 ++ “俺はシェリフを撃ち殺した、が、それは奴が俺に銃を向けたからだ”
このまま何事も無ければいいが、というのが今の心情。どの道三月末までの辛抱だ、と、言い聞かせてみる。
今の仕事場にのっけからあんまりいい感情を抱いていないという事です。またもちょっと迂闊だったかも知れない。慌てる乞食は儲けが少ないとはよく言ったモノだ。ツラっとした顔をする練習もしないとね。
中々にへヴィなシチュエーション、事実は小説よりも奇なり。
考え方によってはちょうどいいのかもしれない。
“やり過ごす”という気の持ち方・行動の仕方に欠けている嫌いはあるから。
この辺を意識して仕事に取り組もう。
・・・が、保険くらいは用意した方がいいかも知れない。
それは本意では無いのだけれども。
:2007:01/08/21:23 ++ 練習と学習
午前と午後でこちゃこちゃした用事を済ませる。心情的には“済んでよかった”なのは内緒だ。
自分の時間が出来てから、昨日図書館から借りた“アートテクニック大百科”、及びギター関連の教則本を引っ張り出し、前者を使う時はエンピツを握り、後者を使う時はギターを抱え、素読した後内容を消化に取り掛かる。
まずは後者-ギター関連-について。
今までTAB譜(簡易版の楽譜みたいなモノ。ギターで押さえる所が視覚で解り易いように記載されている)に頼ってギター弾いていた嫌いがあったので、いい加減それをなんとかしたいな、と。
例えるなら、ナビが無いとすぐに道に迷う(走れたとしても国道しか走れない)ドライバーであり、“これは寿司だよ”って言われないとそれがカッパ巻きであると理解出来ない、そんな感じがあった。
別にそれでも弾ける事は弾ける(…と思う)が、なぞっているだけに過ぎ無いのはなんだかなぁ、と。
それを何とかしようと思ったという事です。
今日の進行具合:メジャースケール(ドレミファソラシド)をなんとなく理解
前者については直接観てもらいますか。
きちんと絵がかけるようになりたいので、一週間かそこらをデッサンに費やそうとは計画している。
本日のモデル
フィギュア沢山持っていてよかったなと思ったわけですよ、練習しようって段階になって。
彼を10分間でどれだけデッサン出来るかに挑戦。
結果がこちら(画面右)
画力については…頑張ります、という所で勘弁して下さい。
なんだかこちゃこちゃして訳が解らなくなった感があるな。
弟に見せたら“ゴチャゴチャしすぎ”との事。やっぱりそうですか。
なんだか寸が足りて無いなそして。
左はザ・スラット・バンクスのジャケ写真を模写したモノ。
反省を踏まえ、角度を変えてもう一度。
大分スッキリしたな、やれば出来るじゃないか、俺。
弟に見せたら“デッサン人形みたいだ”との事。今度はそうきたか。
今度は左手が長い気がする。
ここまで描いた結論:手首・足首から先の表情が難しい。
10分全体デッサンに慣れたら、手首・足首から先を描き込もうかと。
明日からお仕事…なんだが、ちょっとまずい事を思い出した。切っ掛けは職業訓練学校時代に取っていたメモ。まさかこんな所でこんな事に、心情的にはそんな感じ。
まぁ、なんとかなるだろう。