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:2007:01/09/19:08 ++ “俺はシェリフを撃ち殺した、が、それは奴が俺に銃を向けたからだ”
このまま何事も無ければいいが、というのが今の心情。どの道三月末までの辛抱だ、と、言い聞かせてみる。
今の仕事場にのっけからあんまりいい感情を抱いていないという事です。またもちょっと迂闊だったかも知れない。慌てる乞食は儲けが少ないとはよく言ったモノだ。ツラっとした顔をする練習もしないとね。
中々にへヴィなシチュエーション、事実は小説よりも奇なり。
考え方によってはちょうどいいのかもしれない。
“やり過ごす”という気の持ち方・行動の仕方に欠けている嫌いはあるから。
この辺を意識して仕事に取り組もう。
・・・が、保険くらいは用意した方がいいかも知れない。
それは本意では無いのだけれども。
:2007:01/08/21:23 ++ 練習と学習
午前と午後でこちゃこちゃした用事を済ませる。心情的には“済んでよかった”なのは内緒だ。
自分の時間が出来てから、昨日図書館から借りた“アートテクニック大百科”、及びギター関連の教則本を引っ張り出し、前者を使う時はエンピツを握り、後者を使う時はギターを抱え、素読した後内容を消化に取り掛かる。
まずは後者-ギター関連-について。
今までTAB譜(簡易版の楽譜みたいなモノ。ギターで押さえる所が視覚で解り易いように記載されている)に頼ってギター弾いていた嫌いがあったので、いい加減それをなんとかしたいな、と。
例えるなら、ナビが無いとすぐに道に迷う(走れたとしても国道しか走れない)ドライバーであり、“これは寿司だよ”って言われないとそれがカッパ巻きであると理解出来ない、そんな感じがあった。
別にそれでも弾ける事は弾ける(…と思う)が、なぞっているだけに過ぎ無いのはなんだかなぁ、と。
それを何とかしようと思ったという事です。
今日の進行具合:メジャースケール(ドレミファソラシド)をなんとなく理解
前者については直接観てもらいますか。
きちんと絵がかけるようになりたいので、一週間かそこらをデッサンに費やそうとは計画している。
本日のモデル
フィギュア沢山持っていてよかったなと思ったわけですよ、練習しようって段階になって。
彼を10分間でどれだけデッサン出来るかに挑戦。
結果がこちら(画面右)
画力については…頑張ります、という所で勘弁して下さい。
なんだかこちゃこちゃして訳が解らなくなった感があるな。
弟に見せたら“ゴチャゴチャしすぎ”との事。やっぱりそうですか。
なんだか寸が足りて無いなそして。
左はザ・スラット・バンクスのジャケ写真を模写したモノ。
反省を踏まえ、角度を変えてもう一度。
大分スッキリしたな、やれば出来るじゃないか、俺。
弟に見せたら“デッサン人形みたいだ”との事。今度はそうきたか。
今度は左手が長い気がする。
ここまで描いた結論:手首・足首から先の表情が難しい。
10分全体デッサンに慣れたら、手首・足首から先を描き込もうかと。
明日からお仕事…なんだが、ちょっとまずい事を思い出した。切っ掛けは職業訓練学校時代に取っていたメモ。まさかこんな所でこんな事に、心情的にはそんな感じ。
まぁ、なんとかなるだろう。
:2007:01/07/23:03 ++ HOW LOW?
今考えている事は二つ。切れた六弦を張りなおすべきなのか、このまま遊びで弾くべきなのか。
張りなおす場合に検討される作業は三つ。
・切れた弦をちょこちょこいじってもう一回使う
・六弦のみ新しい弦に張りなおす
・ギターの弦全部を新しい弦に張りなおす
お金が勿体無いので一番上にしようかと思っている。
もう一つの“遊びで弾く”について。
ニルヴァーナの“スメルス・ライク・ティーンスピリット”の出だしを弾いてる時に六弦が切れた-つまり、のっけからつっかかった-訳なのだが、なんだか六弦無しでも弾ける事が発覚。リッチ-ブラックモアみたいなリフの弾き方すれば良いといえばわかるだろうか。スモォ~クオンダウォ~タ~。
結論:弦は明日張り替えよう
今日の出来事。
図書館へ行って絵本・その他の本を物色及び立ち読み。
収穫:KIISのベストアルバム クラフトワーク“ヨーロッパ特急” アートテクニック大百科 その他いくつかの本(めんどいので割愛)
ちょっと雪が溶けたら(っつっても、今年は今時期雨が降る訳のわからん天候で雪が少ない訳なんだが)やってみたい事があるので、絵の練習してみようかな、と。描くのはサボりがちであった高校以来であろうか。
バットマンのアンソロジーコミックに触発されたのは内緒だよ。
明日が最後の休日か、長かったな、今まで。
:2007:01/06/23:37 ++ “たのしいな~たのしいな~”
耳の間だけでは世界が狭すぎるので、見聞を広めに図書館へ。その内訳は“絵本を読みたかったから”
絵本コーナーで気に掛かった絵本を取って読む→読んで尚気に掛かった・味わい深かったら借りる
こんな感じで図書館サルベージ。絵本って買うと高いしね。
“風の谷のナウシカ”が、上下巻の分厚い大判で図書館に存在していたので、殆ど粗筋忘れているのと、粗筋忘れてはいるモノの読んでた時は夢中になっていたのとで借りる。
夢中になってた癖に忘れるなよってツッコミはスルー。十年以上前の話なんだから勘弁してくれ、と弁解しておく。吟味してみたくなったんだよ、と。
しかし、最近図書館も砕けて来たもんだ。
そして偶然、図書館で友達と遭遇。
そのまんま自宅の俺の部屋へ。“片付いたぜ!”ってアッピールのつもり…が逆効果。
混沌の中を我慢してもらって、“特攻野郎Aチーム”のDVDを観る、気に入ってくれたみたいなのが嬉しい。80年代テイストは好きだな、大味でわかりやすくて。
で、友達がタンバリンを発見。前に遊びで100円で買って、すっかり飾りと化したタンバリン。
いいモノを見つけてくれた!って感じ。興味を抱いたついでに何かやって貰おうと、友達にタンバリン持たせてセッションしようぜ、と持ちかける。
担当、俺がギター、友達がタンバリン。
8ビートで適当に叩いて貰って、それに合わせてジャカジャカ弾く→ノリが良くなったらフレーズを変える→それに合わせてジャカジャカorパンパンジャラジャラ
最後に演ったのは“ゲゲゲの鬼太郎のテーマ”
こりゃいいや、タンバリンも悪くない。またやってもらおう。
ドアノブ部屋につけた方がいいのかな、とほんのり思いながら。
:2007:01/05/19:46 ++ UNNAMED FEELING
都合のいい時だけ呼ばれて、用が済んだらそれで終わり。
後に残るのは後悔であったり、もう戻って来ない時間であったり。
それを取り繕う、建前や言い訳やらは出来るならもう耳にしたくは無い。
が、それに見合うだけの“何か”を、こちらも用意しなくてはいけないのだ、という事もまた理解するようになった。
それは“努力”であったり、“目標”であったり、様々な名前で呼ばれる“前向きな意思”
が、それは前提のようなモノで、それ自体は誇っていい事でも何でもない。
なんであれ、“後に残る何か”を残せるようになりたい。
経験だろうが、作品だろうが、何だっていい。
切っ掛けはネガティヴで褒められた事では無いんだろうが、それでも。
目の前を通り過ぎる・切り刻む秒針を目で追って、指折り数える日々にさよならを。
“惰性で生きない”
“言った事はやる”
俺は何か別のモノになりたいんじゃなくて、俺は俺なんだという事を胸を張って言えるようになりたいんだ。
建前や言い訳は、もう要らない。